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借上げ社宅制度の活用による福利厚生の充実と実務上の留意点

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2026年04月15日

社会保険労務士法人味園事務所 代表社員所長  味園 公一

近年、採用力の強化や従業員の定着率向上を目的として、福利厚生の充実に注力する企業が増えています。特に「住まい」に関する支援は、生活基盤を支える重要な要素として従業員からのニーズがとても高い分野です。今回は、従来の住宅手当とは異なる「借上げ社宅(福利厚生賃貸)」の仕組みやメリット、導入にあたっての法的・税務的な留意点について詳しく紹介します。

福利厚生賃貸制度の仕組みと導入メリット

福利厚生における住宅支援には、大きく分けて金銭を支給する「住宅手当」と、会社が物件を借り上げて貸与する「借上げ社宅(福利厚生賃貸)」の2種類があります。住宅手当が給与に上乗せして支給されるもの(所得税や社会保険料の対象とされ、その負担額が増える可能性あり)であるのに対し、借上げ社宅制度は会社が賃貸借契約の当事者となり、従業員に住宅を貸し出す仕組みです。

給与手取り額と社会保険料とのメカニズム

借上げ社宅制度の最大の特徴は、家賃の一部を「現物給与」として扱うことで、従業員の所得税や住民税、さらには社会保険料の負担が結果的に軽減される点にあります。具体的には、従業員が支払うべき家賃相当額を給与から差し引く(給与減額および控除)ことで、社会保険における標準報酬月額が低下します。これにより、従業員にとっては実質的な手取り額が増え、企業にとっては社会保険料の会社負担分が減るということになります。例えば、月収30万円、家賃8万円の条件で制度を利用した場合、従業員の手取り額が年間で約16万円増えるとする試算もあります。

運用事例は次の通りです。

  • 会社が直接賃貸借契約を結ぶか、賃貸借契約を個人名義から会社名義に変更し、物件の賃貸借契約の主体を会社とします。
  • 賃料は会社が一旦立替て支払います。
  • 会社が支払った賃料相当額を給与で清算します。

※給与での清算は一定割合の給与減額(家賃の70%前後)および残額控除(家賃の30%前後)の2本立てとする方法が見受けられます。

採用力強化と離職率の改善

住宅支援の充実は、企業の採用ブランディングにおいて極めて有効です。マイナビの学生就職モニター調査によれば、学生が企業を選ぶ際に注目するポイントとして「福利厚生制度の充実」は常に上位にランクインしています。 また、制度の導入は離職率の低下にも寄与します。長期的に勤務したいと考える従業員ほど住宅支援の恩恵を大きく受けるため、エンゲージメントの向上につながります。

制度導入に向けた実務上の留意点と法的根拠

借上げ社宅制度を適正に運用するためには、税務上の「賃貸料相当額」の考え方や、労働法上の手続きを正しく理解しておく必要があります。安易な運用は、給与課税の対象となったり、労働基準法違反と指摘されたりするリスクを伴うため注意が必要です。

税務上の賃貸料相当額と非課税要件

従業員に社宅を貸与する場合、従業員から一定額以上の賃料(賃貸料相当額の50%以上)を徴収していれば、その差額分は給与として課税されません。もし徴収額が賃貸料相当額の50%に満たない場合は、その差額が給与として課税対象となります。 この賃貸料相当額は、その年度の建物の固定資産税の課税標準額や総床面積、敷地の固定資産税の課税標準額を基にした一定の算式によって算出されます。

なお、役員に対して貸与する場合は、小規模住宅に該当するかどうかや、豪華社宅に該当しないか等、より詳細な判定基準が設けられているため、対象者の区分に応じた慎重な設計が求められます。

社会保険上の現物給与要件

借上げ社宅に関する社会保険上の報酬の取扱いは、現物給与価額を算出し、その現物給与価額以上を給与控除している場合には、標準報酬に含めなくても良いこととされています。現物給与価額以上を給与控除していない場合は、差額を標準報酬に含めて算定基礎届や月額変更届等を提出する必要があります。

外部の福利厚生賃貸制度の代行サービスでは、現物給与価額以上を給与控除するよう詳細なシミュレーションを行った上で、実態として現物給与価額以上を給与控除している場合には標準報酬に含めず、現物給与価額以上を給与控除していない場合には差額を標準報酬に含める運用としているものがあります。

就業規則の整備と賃金全額払いの原則

借上げ社宅制度(福利厚生賃貸)を導入する際は、賃金に関する事項として就業規則(社宅管理規程等)に定める必要があります。特に、家賃分を給与から控除する場合には、労働基準法第24条の「賃金全額払いの原則」に留意しなければなりません。具体的には、過半数労働組合または過半数代表労働者との間で、「賃金控除に関する労使協定」を締結しておくことが必須となります。

また、既存の従業員の基本給を減額して制度に移行する場合は、労働契約の不利益変更に該当し得るため、従業員に対して制度のデメリット(将来の年金額や各種給付金の算定額が低下する可能性等)も含めた十分な説明を行い、個別の合意を得ることが不可欠です。

おわりに

借上げ社宅制度(福利厚生賃貸)は、コストを抑えつつ従業員の満足度を飛躍的に高められる強力な人事施策です。しかし、賃貸借契約に伴う原状回復義務や、退職時の名義変更や退去命令といった運用管理の負担も発生します。制度のメリットを最大限に活かすためには、外部の代行サービス等の活用も視野に入れつつ、自社の状況に合わせた適切な規程整備と、法令に基づいた誠実な運用を心がけることが大切です。

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