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2024年02月21日
社会保険労務士法人味園事務所 代表社員所長 味園 公一
2022年、岸田政権が「5年間で1兆円をリスキリング支援に投じる」と発表して以降、「リスキリング」という言葉をよく耳にするようになりました。DX化や生成AI等の発展により仕事がなくなるのではないかという意見も散見される時代背景の中、社員のリスキリングにどう取り組むかが、企業における喫緊の課題となっています。
「リスキリング」は、「学び直し」として知られますが、リクルートワークス研究所(経済産業省HP掲載の資料)によると「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義されています。特に昨今は「生成AIを活用した事業開拓やDX化に備えるべくデジタル時代に必要なスキルを身に付けさせること」として解釈されることが多いです。
リスキリングを行う企業としての主目的は「将来の成長事業を担う人材を育成することによる企業成長」ということになります。
なお、経済産業省による「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」では、リスキリングを、キャリアアップ目的の転職を行うための準備段階として位置付けているような印象を受けます。
転職の準備段階としての捉え方がある一方、人事労務関係の実務レベルにおける喫緊の課題として、転職者の増加による「優秀な人材の流出」、フリーランスを含む多様な働き方の普及による「人材採用の難化」が挙げられます。スキルを身に付けさせた結果転職されては、企業としてのデメリットばかりが大きくなってしまいます。社員成長を企業成長に還元させるためには、スキルを身に付けさせると同時に、適切な評価を行うことも重要になってきます。
また、年功的賃金が主流となっている日本において、65歳までの雇用確保措置(又は70歳までの就業確保措置)による定年再雇用や役職定年制度に基づく労働条件変更(賃金減少や責任減少)から、高年齢労働者のモチベーション低下も懸念されています。年更的賃金とは別の軸として、年齢や役職にかかわらず、資格取得による専門性や新たなスキルを取得する意欲等を評価する制度を構築することで、高年齢労働者(役職定年者や定年再雇用者)のモチベーションを維持し、主戦力として職務に携わってもらうことにつながると考えられます。
そこで求められるのは、デジタル人材の育成に限らず、スキルアップを含む広い意味でのリスキリングであると考えます。
ここで、スキルアップ(アップスキリング)とは、昇進・昇格のイメージで、現在の職務の専門性を高めることを指します。これに対しリスキリングは、配置転換のイメージで、新しい分野を学びスキルを再習得することを指します。
日本における「リスキリング」は、スキルアップと本来のリスキリング、さらにはリカレント教育(個人が自主的に学び直すことであり、長期にわたり就労と学習を交互に繰り返すもの)が混同されて普及しているとの意見も見受けられます。いずれも企業成長には欠かせないものであり、企業にあった方法、対象者、対象資格・スキル、評価基準を総合的に検討していくことになるでしょう。
さて、リスキリングといっても、具体的な成功事例がたくさんあるという訳ではありませんので、具体的に何をすべきか悩ましいところですが、一部の企業の前例をもとに見切り発車で実施してしまうのは望ましくありません。
そこで、具体的なリスキリング手法として考えやすいのは、「資格取得支援制度」が挙げられます。企業が業務上必要と認定した資格を社員が取得する際に、受験費用を補填したり、資格取得を評価対象としたりといった制度です。主な取り組みは、次の通りです。
短期的に見れば、「この資格を取得すれば、資格手当が〇〇円もらえる」ということで社員の学習意欲向上が見込まれます。また、受験費用面で踏みとどまっていた意欲ある社員が、積極的に学習できるようになるかもしれません。さらに、制度利用して学習している以上、中途半端な結果ではまずいという、学習に対する責任感が生まれます。
長期的には、より多くの社員がスキルアップ・リスキリングし、業務効率や生産性の向上が見込まれ、結果として業績向上が期待されます。
そして、社員一人ひとりのスキルアップを支援し、成果に対してきちんと評価をすることで、社員のエンゲージメントを高めることができます。「学べば昇給・昇格する」という企業文化を作ることができれば、優秀な人材の流出防止に効果が期待できます。
さらに、「人材育成に力を入れている」「社員の意欲を大切にしている」「キャリアアップが期待できる」という部分について、他社との優位性をアピールできれば、優秀な人材の採用・確保にもつながってくると考えます。
受験費用、教材費、試験日の賃金や交通費等、構築した支援制度に基づき企業負担部分についての費用が発生します。(なお、何度も受験に失敗するような社員の支援をするのは好ましくありません。制度利用上限回数等を設定しておくべきでしょう。)
就業時間中に研修等の学習時間を設ける場合、学習時間自体を確保することが難しいことが想定されます。確保できたとしても、その間の労働力が減少します。
一方、就業時間外に行う場合、リスキリングに要した時間が労働時間か否か(賃金支払いが必要か否か)という問題が発生します。(この点、リスキリング内容が業務に必要不可欠といった性質のものでなく、未実施者に対して不利益な取扱いをしない等の「任意実施」が保障されていれば、労働時間には該当しません。)
また、支援制度を活用して学習する社員の管理や評価の手間が発生します。適正な評価を行うために、学習状況や資格取得状況の把握をする必要が生じます。
デジタル人材を育てることが企業成長に必要不可欠なのかという検討をせずに、見切り発車でリスキリングの流行にのって制度を実施すると、「企業成長」まで効果が及ばずに時間と費用だけが費やされてしまうことが想定されます。
リスキリングの主目的である「企業成長」のために、デジタル人材に限らず、どういう人材に成長してほしいか、どういう人材を高く評価するか、どういうスキルを身に付けてほしいか、といった経営理念にも近い部分を改めて検討した上で、制度構築・運用をしていくべきでしょう。特に、資格取得支援制度においては、メリット・デメリットを考慮した上で、社員が積極的に学習したいと思える制度設計にしていくことが重要です。 リスキリングの普及により、企業が「これからも職業で価値創出し続ける社員」を育てていくために、企業として何が必要なのか、今一度考え直すきっかけになると思っています。
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