新年を迎えて、次年度の組織編制の話もちらほら聞こえる時季になりました。人事異動(以下、「異動」といいます。)に関しては、就業規則その他これに準ずるものにより「事業場の変更を含んだ異動を行う場合がある。」等の規定をし、それを周知し、労働契約を締結することにより労働者との合意形成がなされたことになります。
異動に関してはある程度の裁量が会社側にあるものですが、先日も以下のような事例がありました。今回は、異動についてご紹介します。
類似判例
本件は異動(配置転換)に関する問題です。さらに職種や勤務地域を限定して採用したのかが問題になってきます。本件と同様な配置転換に関する判例としては、ジブラルタ生命(旧エジソン生命)事件(H29.3.9名古屋高裁判決)があります。
同事件は、営業専門職を採用・育成するための管理職(SLP)として採用されたYが、合併により会社が吸収されたことに伴いその職種がなくなり、合併後のZ社から①チーフトレーナー、②営業所長(①②はSLPに近い職種だが全国転勤あり。)、③シニアパートナー(限られた部下を持ち、自らも営業業務を行う。)、④営業社員のいずれかへの職種変更を提案され、①~③を選択しない場合は自動的に④となると申し渡された。選択枝のいずれも選ばなかったYは④の営業社員となった。Yはそれを不服として業務遂行を拒否したところ、退職勧奨を受けた。こちらも拒否したところ、懲戒解雇となった事案です。
判決では、合併により職種がなくなったことは仕方がないものの、職種を限定して採用しているため、「可能な限りSLPと同等がそれに近い職種や職場に移行することができるよう丁寧で誠実な対応をすることが信義則上求められる。」とし、また勤務地限定とも約束していたところであるから、異動命令は正当な理由がなく無効とし、さらに懲戒解雇も無効としました。
A社の事例の場合は?
前述の通り、A社の就業規則には「事業場の変更を含んだ異動を行う場合がある。」と規定があり、同規則は従業員に周知されていましたので、異動に関する包括的合意が取れていたことになります。しかし、職種や勤務地を限定した個別の労働契約が締結されている場合には、そちらが優先され異動を命ずることはできません。
この、職種や勤務地の限定の合意は、労働契約書への記載の有無だけで判断されるのではなく、当該社員の入社の経緯や募集要項など採用時に明示した資料等も考慮して判断されることになっています。
A社のケースでは、労働契約書において職種や勤務地を限定することが明確に記載されていたわけではありません。しかし、総務経理事務職として募集し採用している経緯をみれば、男性社員ばかりで力仕事も必要な製造職への異動は、少々強引であったと言えるかもしれません。
ただし、A社には総務経理事務職と製造職しかありませんでしたので、どうしても事務職として継続雇用することが困難であることが証明できれば、異動命令も正当なものになったと考えます。
それには、度重なるミスがあったとして、社長や工場長がそれを書面により指摘し会社が求める社員像を示し、一定期間(少なくとも2か月以上)の改善指導期間を経てもなお改善の見込みがないということをXも納得しているのであれば、異動を命ずることもでき、または雇用の継続について相談することができたのではないかと考えます。
労使間の些細なもめ事が簡単に個別労働紛争へと移行する昨今においては、会社の社員に対する対応も特に丁寧さを求められます。A社も結果的には金銭解決を迫られ、予定外の出費ではなかったかと思います。今後は、職種限定、勤務地限定に関しては、これを機に募集段階から慎重に対処することでしょう。