前回のコラムでは、「台風被害への対応事例」というテーマで事例をご紹介しましたが、その後、お客様から「被害が大きかった地域の社員さんたちとの連絡が取れずに、数日もの間、生存確認さえできず困った。これを機に、緊急連絡網を整備しようかと思って...。」とのお話があり、次いで、「改めて社員から携帯電話番号と緊急連絡先となる親族の電話番号を収集しようとしたところ、ある社員から『個人情報だから提出したくない。』と言われてしまった。どうしたら良いか?」とのお問い合わせをいただきました。
個人情報の取り扱いについては、会社として注意を払うべきところではありますが、緊急時に連絡が取れないことも事業運営上問題となります。今回は、緊急連絡網を整備するための手順等について、ご紹介します。
個人情報保護法との関係
会社は、安全配慮義務を果たすためであれば、従業員の全ての個人情報を取得することができるのでしょうか。もちろん、そうではありません。
個人情報の取得については、個人情報保護法第15条第1項により「個人情報取扱事業者は、個人情報を取り扱うに当たっては、その利用の目的をできる限り特定しなければならない。」との制約があります。ここでいう個人情報取扱事業者とは、国の機関や地方公共団体等を除き「個人情報データベース等を事業の用に供している者」のことであり、同法が施行された当時の「保有する個人情報の件数(5,000件以上)」という要件は撤廃されています。
さて、会社が個人情報を取得する場合に先の利用目的の明示をどのようにしているかというと、一般的には就業規則その他これに準ずるもので利用目的を特定した上で明示していることが多いです。会社の求人に対して求職者が提出する個人情報(氏名、住所等々...)は、もちろん「従業員を採用するため」ですし、入社後に提出させる個人情報は、人事管理、賃金管理、健康管理等に利用すると特定・明示しますが、それに加えて「非常災害時等における従業員の安否確認等のため」と加えていただいて良いと思います。
緊急連絡網を整備するための手順
在籍する従業員から携帯電話番号や、本人以外の緊急連絡先を取得し、緊急連絡網を整備するために、以下の手順を踏むことをお勧めします。
①就業規則等の個人情報の利用目的に「非常災害時等における従業員の安否確認等のため」を追加して、従業員に明示をする。
②取得した個人情報の利用者を特定し、合わせて明示する。
③取得した個人情報の利用手順を定め、合わせて明示する。
④上記①の利用目的以外に利用を禁ずることを定め、合わせて説明をする。
⑤個人情報の変更や苦情に対しての相談窓口を設置して周知する。
⑥上記①~⑤を理解していただき、従業員から個人情報取得の同意を得る。
⑦取得した個人情報が漏洩しないよう、管理体制を整え、厳格に運用する。
⑧就業規則に従業員本人の携帯電話番号と、本人以外の緊急連絡先を会社に届出なければならない旨の規定を追加する。
上記⑦の情報漏洩の防止に関しては、個人情報保護委員会が定めるガイドライン(以下、URL参照。)と会社の運用とを比べて対応すると良いでしょう。
https://www.ppc.go.jp/legal/policy/
また、上記⑧の就業規則への記載については、個人情報の取得にある程度の強制力を持たせるために必要と考えます。既存の社員については上記①~⑦の対応をすればトラブルを防げると思います。就業規則による根拠は、新たに入社する者について有効です。
懲戒処分との関係
緊急連絡網を整備するための携帯電話番号等を提出しなかった者に対する懲戒処分ですが、前項で「就業規則にある程度の強制力を持たせる根拠条文を定めるとよい。」と記載しましたが、これに違反したからといって直ちに懲戒処分とすることには少々疑問を感じます。
労働契約法第15条では、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」とあります。
従業員の連絡先の全ての提出を拒否することについては、会社が適正な雇用管理が行えない可能性がありますので問題があると思いますが、緊急連絡網を整備するための情報提供を拒否した者の処分に関しては、労働契約法15条に当たるとして紛争になる可能性もありますので、慎重に対応することをお勧めいたします。